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  • 学力低下を考える ~数学オリンピックからの検証~

    先日、文部科学大臣の馳博氏が「ゆとり教育」からの脱却を明言した。ゆとり教育から方向転換を行うことを明言したことで、実質的な「ゆとり教育」の失敗宣言ともとれるため、「ゆとり世代」と呼ばれる年代から「私たちは失敗作ですか?」や「教育方針を決めたのは国なのに…」など、この宣言に対する批判がネット上で噴出している。「ゆとり世代」は授業時間が減り、学ぶ内容が薄くなったことで学力が低下したと言われることが多い。「円周率は3で学ぶ」や「台形の面積を学んでいない」といったことが例としてよく挙げられ、学力低下の証明のように言われてきた。しかし、本当にゆとり世代は学力が低下したのだろうか。今回はその疑問に対して「国際数学オリンピック」の歴代成績から考えてみたい。

    国際数学オリンピックとは、高校生を対象として毎年行われる数学の問題を解く、国際的な大会である。2日間にまたいで開催され、1日4時間半で3問ずつの問題に挑戦する。採点の結果、上位12分の1の出場者には金メダル、次の上位12分の2の出場者には銀メダル、さらに次の12分の3の出場者には銅メダルが授与される。日本から参加するには、「日本数学オリンピック」に参加して上位入賞する必要があるため、非常に狭き門である。日本は1990年の第31回大会から出場している。

    この国際数学オリンピックで日本人出場者が獲得したメダルの枚数から、ゆとり世代の学力低下について言及してみたい。ゆとり世代と呼ばれるのは1987年生まれの者からであり、高校生が参加するという点を鑑みると、1990~2002年までは「ゆとり教育を受けていない世代」のみが参加しており、2003年以降はゆとり世代が参加を始めることとなる。また、偶然にも1990~2002年と2003年~2015年のそれぞれの年数が12年ずつとなるため、メダルの種類別合計数が判断基準とした。

    まず、ゆとり教育前の1990年~2002年の間に受賞したメダルの種類と数であるが、金メダルが10枚、銀メダルが32枚、銅メダルが22枚となり、合計64枚であった。対して、ゆとり世代が参加を初めた2003年~2015年のメダルと数は、金メダルが26枚、銀メダルが41枚、銅メダルが15枚となり合計82枚であった。単純に各メダルの種類と枚数を考えると、ゆとり教育を受けた世代が圧倒的にメダルを獲得しているのである。特に金メダル獲得者数は2.5倍にも増えており、国際的な数学能力としては、ゆとり教育を受ける前の世代を超えていると考えられないだろうか。もちろん出されている問題が異なれば、初期の頃には無かった、回答に対するノウハウという蓄積された知識が影響を与えていることは否定できない。しかしながら、数学の回答力は絶対的に必要であり、学力低下を否定するひとつの材料になるのではないかと考えられる。

    OECDが実施しているPISA(Programme for International Student Assessment)と呼ばれる国際的な学力調査があるが、ゆとり教育を行っている世代で、日本の国際順位が低下していた。この内容を文科省は「学力低下」の根拠として挙げたものである。しかしながら、順位の低下については学力調査試験の「参加国数が増えた」という外的要因もあり、調査結果だけを鵜呑みにして「ゆとり教育」=「学力が低い」と表現するのは不適切ではないかと考える。最近ではテレビ番組の中でも「ゆとり世代」をゲストとして呼び出し、知識の低い会話をさせるなどの演出で「ゆとり世代」の学力低下を誇張している番組も見受けられる。このような「ゆとり世代」へのネガティブキャンペーンが、ゆとり世代と呼ばれる若者のイメージを悪くしてはいないだろうか。

    ゆとり教育の本来の目的は、詰め込み型の知識インプットに重きをおいた学習からの脱却であり、子どもたちに自分の好きな分野への勉強を勧めることや、自分で考え行動する力を養うことであった。教育課程で生まれた「ゆとり」を数学に傾けることで、数学オリンピックのように特化した知識を必要とする分野では成果が出ていると言えるのではないだろうか。ゆとり教育と呼ばれる教育課程を通ってきた人物の中には、戦後最年少で直木賞を受賞した朝井リョウ氏や、合格率8%と言われる公認会計士に史上最年少で合格した現役通信制高校生もいる。「非ゆとり世代」と「ゆとり世代」を比較しても実際にはどちらの学力が上かと一概には言えないが、ゆとり教育により、専門性に特化できる土壌が育まれ、一定の成果は出ているのではないだろうか。一方、興味を持つものが無かったり、学ぶ機会が無かったりする子どもの学力は低下してしまう傾向にあるようで、近年言われ出した学力の二極化が起こっているため、ここはゆとり教育最大の問題であるように思う。

    今後は「脱ゆとり」という教育方針を打ち出すとのことなので、専門性の特化という特徴は薄れてしまうかもしれない。学力の二極化という問題は解消されるかもしれないが、せっかく特化できる能力も平たくなってしまわないか危惧される。まだ教育指導要領の新課程は検討段階であり、施行されるまで時間はある。その移行期間について学校での学習内容は大きく変わることは無いので、しっかりと家庭内での学習をしっかり行わなければならない。